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東京高等裁判所 昭和29年(う)1055号 判決 1954年7月24日

控訴人 被告人 渡辺一弘

弁護人 羽山竜

原審検事 大沢一郎

検察官 小出文彦

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意及び検事の控訴の趣意に対する答弁の要旨は、被告人の弁護人羽山竜及び横浜地方検察庁小田原支部検察官検事大沢一郎各作成名義の控訴趣意書並びに被告人の弁護人羽山竜作成名義の答弁書と各題する書面にそれぞれ記載してあるとおりであるが、右各控訴の趣意に対し、当裁判所は、次のとおり判断をする。

弁護人羽山竜の控訴趣意について

論旨第一点。

原審が、証拠に採用しているジエームス、ベリーのアメリカ合衆国軍師団刑事捜査官に対する口供書が、ジエームス、ダブリユー、ベリーの供述を録取した書面で同人の署名のあることは、原審が、その提出を許可した口供書の謄本及びこれに添付の訳文書によつて明白であつて、その口供書が、その性質上、刑事訴訟法第三百二十一条第一項第三号にいわゆる前二号に掲げる書面以外の書面に該当することは、同項第一号及び第二号との関係において自ずから明らかである。同条第一項第三号によるときは、同号にいわゆる「前二号に掲げる書面以外の書面」でも、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、且つ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるときはこれを証拠とするを得べきところ右にいわゆる「その供述が、犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき」とあるは、その供述内容にして苟くも犯罪事実の存否に関連ある事実に属するかぎり、その供述が、これが事実の証明につき実質的に必要と認められる場合のことをいうものと解するを相当とするから、原審において右供述者ベリーを証人として尋問すべく、適式に召喚手続をしたけれども、同人は、重労働三年に処せられ、原審の審判当時米国の軍刑務所に在つて服役中のため、原審公判期日において供述することのできなかつたことの明らかな本件において、原審が被告人とベリーの共謀にかかる本件強盗の事実の存否に関連する事項として、被告人とベリーとの間及びその両人と被害者等との間の犯罪当時及びその前後における事の真相を直接明らかならしむる上において実質的に必要な証拠であると認めることの相当であつた右口供書を証拠にしたからといつて、何等非議さるべきいわれはなく、また該口供書が被告人の立会なく、従つてその反対尋問なくして作成されたことや被告人がその作成者の前示刑事捜査官によつて被疑者又は証人として取調べられたことがないからといつてその証拠能力に消長のあるべきかぎりではない。而して口供書の謄本及びその訳文書の各冒頭及び末尾記載の英文によるときは、口供書の作成に当り、合衆国憲法等の定むるところに従い、供述者たるベリーの不名誉となるとか、同人を罪に落すおそれのある陳述はこれをするに及ばない旨、及びその供述したところを軍裁判所やその他の裁判所で同人の不利益な証拠として使用することのない旨をベリーに予告し、且つその供述が調書に録取された後ベリーはこれが調書を全員に亘り閲読し、何等の脅迫も加えられることもなく任意これが供述をした旨自認してこれに署名したことが窺われると共に、その供述内容自体において、また、記録の上においても、特にその任意性を疑うべき事由を認め得るに由のないとこであるから、右口供書は、その作成に際し、供述者ベリーに黙秘権のあることを告げられなかつた違法があるとか任意性がないとか(而して、当事者において供述調書の任意性を争つたからといつて、特に任意性あることを立証しなければならないものではないのであるから、口供書の任意性につき特段の立証を要するまでもなく、調査の可能であつたことの認められる本件において、原審がこの点について特別の証拠調をしなかつたことを非難する所論は採用できない)、或いは、その供述は、特に信用すべき情況の下にされたものでないとか主張して原審がこれを証拠に採用したことを論難する主張も当らない。

次に、所論は、被告人による本件犯行は、当時終始被告人に加えられたジエームス、ベリーの脅迫によつて行われたもので原審が証拠に採用した被告人の各供述調書の供述もベリーの脅迫による畏怖心の結果為されたものであつて、事ベリーに関係ある事実に関するかぎり真相を語つたものでないから、これら供述調書は任意性なく従つて証拠能力乃至は証拠価値のないものであるという趣旨の主張をしている。然しながら、記録を精査するも、本件犯行がベリーの脅迫によつて止むなく行われたものと認むべき確証なく、況んや、所論各供述調書の供述が同人の脅迫による畏怖心によつて為されたものであるということは到底認め得るに由のないところでもあるから、所論は採用するに由がない。

原判決には採証の法則に違背するものがあるとして展開する論旨はすべてその理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 大塚今比古 判事 三宅富士郎 判事 河原徳治)

弁護人羽山竜の控訴趣意

第一採証の法則違反

一、判示第一の事実(強盗)を認定するのにジエームス、ベリーのアメリカ合衆国軍師団刑事捜査官に対する口供書が採用されて居りますが右口供書は証拠とすべからざるものと思料致します。原審に於て検察官は右ベリーの口供書を刑事訴訟法第三二一条第一項第三号に依り提出され弁護人は之に異議を申立て更に証拠排除決定の申立迄致しましたが遂に採用されました。然し刑事訴訟法第三二一条第一項第三号の条文に付き之を検討致しますと右条文には、被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは左の場合に限り之を証拠とすることができる。三前二号に掲げる書面以外の書面については供述者が……国外にいるため……公判期日において供述することができず且つその供述が犯罪の存否の証明に欠くことができないものであるとき、但し、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。とあります。

今ベリーが重労働三年に処せられ米国に送還され即ち国外に居ることは原判決引用の横浜地区憲兵司令部警察課顧問徳丸信之助の書面に依つて明かであります、従つて原審に於て当事者双方からベリーを証人として申請しましたが公判期日に於て供述さすことが出来なかつたことは間違ありません。申請は早くしたのですが呼出手続中にベリーは帰国したのであります。然しベリーの供述が「犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものである」でせうか。茲に「犯罪事実」とは公訴に係る具体的犯罪事実の事であります。起訴状摘示に係る犯時犯所に於て為されたる犯罪事実であります。其事実の「存否」即ち其事実が存在するかどうかであります。起訴状記載の如き犯行があつたかどうかの証明に欠ぐべからざるときに例外として国外に居る人の供述書が証拠となるのであります。本件に於て起訴に係る強盗の事実が存在したことは被告人の供述、其他の証人の各供述に依り明かであります。何も国外に居るベリーの前掲口供書を必要としないのであります。「犯罪事実の存否」と「犯罪の成否」とは違ふことに十分御考慮を賜りたいと思います。

次に「……但しその供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る」と云ふ条件にも該当するかどうかに付ても御賢察を賜りたいのであります。前記ベリーの口供書の訳文を検するに黙秘権を告げられて居らないし、又読聞けもされて居らないのであります。形式上からも不完全であります。前記ベリーの口供書は司法警察員に対する供述調書に準じて考へられねばなりません。刑事訴訟法第百九十八条第二項(改正前)には司法警察職員は「被疑者の取調に際しては被疑者に対し、あらかじめ供述を拒むことができる旨を告げなければならない」とあります。又同条第四項には「供述調書はこれを被疑者に閲覧させ、又は読聞かせ……なければならない」とあります。本件に於てベリーは被疑者であります。アメリカ合衆国軍師団捜査官は進駐軍の警察であります、前述の如く黙秘権を告げられずして取られた口供書、読聞けせられない口供書は任意性がないと云はねばなりません。弁護人は原審に於て其任意性を争ふたのであります。然るに原審に於ては其任意性に付て何等の立証がなされて居りません。任意性のない供述は勿論信用すべき情況下の供述とは云へません。又之を実質的に見ても前掲ベリーの口供書の作成には被告人は全然立会をして居りません。即ち所謂反対訊問の洗礼を受けて居りません。被告人は被疑者としても、証人としても前記刑事捜査官の取調を全然受けて居りません。此点からしても前記ベリーの口供書記載の供述は信用すべき情況下の供述とは云へません。実質的に信用性が無いと云はねばなりません。又前記ベリーの口供書の内容に付き見ても理路整然とした供述に成つて居りません。ベリーに云ひ度い放題云はせ、聞訊すべきところが聞訊してない口供書であります。供述内容そのものに付ても十分御洞察を賜りたいと思ひます。叙上の理由に依りベリーの口供書は証拠とすべからざるものであります。

二、判示第一の事実(強盗)を認定するのに被告人の司法警察員に対する第二回供述調書及検察官に対する供述調書、判示第二の事実(銃砲刀剣類等所持取締令違反)を認証するのに被告人の司法警察員に対する第一回供述調書が採用されて居りますが、被告人の右自供調書三通は之又任意性の無い供述調書であるから刑事訴訟法第三百二十二条第一項第三百十九条第一項に依り証拠とすることは出来ないものであると思料致します。

被告人は起訴事実の犯行に付ては一から十迄ベリーの云ふまゝに動いたのであります。ベリーの脅迫の下に本件犯行に陥つたのであります。平常時、被告人は米軍サウスキヤンプ消防分隊の通訳としてベリー分隊長の下に属し公的私的何れの事柄を問はずベリーの云ふ事を聞かねば自分の職を奪はれたり、或は地位を変へられたりする危険があつたのであります。此点に付ては原審証人勝間田伊佐夫同芹沢和雄等の各証言で明かであります。大体進駐軍勤務の日本人が米国兵の云ひ成りに成つて居る、成らねばならぬ実情に付ては裁判所に於かれても良く判つて戴けると思ひます。次に犯行時、被告人は戸塚のP・Xから東海道附近をぐるぐる長時間に亘り自動車で廻る間終始ベリーから唆かされ脅かされ若しベリーの云ふまゝに行動しなければ後部の席に居るベリーからどんな暴力に訴へられるかも判らないと云ふ畏怖心に襲はれたのであります。其の為め遂にベリーの指図通りに動いたのであります。此点は原審証人伊藤一雄、同ズイークス等の各供述昭和二十八年十月九日付被告人提出の陳述書の記載等を綜合すれば良く判ると思ひます。

右様の次第で被告人は司法警察員、検察官の取調に際して、思ひ切つて、ざつくばらんに、ベリーの事を事実有の侭悪く云ふ事が出来なかつたのであります。若しベリーの事を事実其通り悪く云へばどんな事をされるか判らないと云ふ心配に駆られて居たのであります。事実は被告人提出の前掲陳述書記載の通であります。被告人は司法警察員検察官の取調に対し右畏怖心に襲はれて居たのでベリーに関係する事柄に限り任意に有の侭を主張陳述出来なかつたのであります。結局前記三通の被告人の供述調書は第三者に対する畏怖に基因する任意性のない供述であるから証拠にすることは出来ないと思料致します。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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